鬱エロゲーの車窓から

鬱エロゲーの考察と感想を綴る~! R18、ネタバレ注意だぜ!

『何処へ行くの、あの日』 考察

こんばんは~、いのぶらです。

とりとめのない感想は前回を確認してもらうとして、今回は『何処へ行くの、あの日』がどんなお話だったのかを考察して掘り下げていこうと思います。

 

f:id:Innocent_Black:20211229003403p:plain本作のテーマは「今を精一杯生きること」だと思います。その肝だったのが、過去を変えて存在したかもしれない可能性と未来を探しあてるマージ(未来視)と、それを否定する虫食いにあったように思います。

マージで変えられるのは、当人たちが取るかもしれなかった行動のみ。例えば、理性的な人間がマージの夢の中で人を殺したところで、それはありえないことであると判定されて過去は変わりません。こういった制約もありながら、キャラクターたちは「あの時にもしこうしていたら」という罪と後悔に後押しされながら、マージを使用していきます。

 

f:id:Innocent_Black:20211229053015p:plain千尋と絵麻はマージに否定的な姿勢ではありましたが、絵麻の場合は未来視によって恭介と結ばれる未来を探していたという点では、マージを使用しているのと大した差はないと考えました。

マージは過去を変えることで理想の未来を選び、未来視は数多ある世界をのぞき見することで理想の未来を選ぶものですから、ありのままの現実と向き合うことが重要であると説かれている本作にはどちらもふさわしくない行為でしょう。そのため、マージと絵麻の未来視は根本的なところでは似たようなものなので、同じような扱いで構わないと思います。虫食いを発生させているアレと千尋は、それぞれパラレルワールドとマージを否定していますから。

 

f:id:Innocent_Black:20211229013311p:plain一方で、常に現実に立ち向かい続けたのは千尋で、一貫してマージを否定しています。マージを使用した描写はありましたが、それは楽しい思い出があったと確認するためのものであって、過去を変えるためではありませんでした。そもそも、パラレルワールドを削除していたアレと立場を同じくしていましたからね。容認することは難しいでしょう。

千尋は虫食いによって、現在の思い出を近いうちに全てを忘れてしまうことを自覚していましたが、全てを忘れるということは死と同義です。自らの生が有限でないことを自覚しているからこそ、一日一日を精一杯生きることにこだわっていました。作中でテーマを最も忠実に体現していたのは、間違いなく彼女です。

千尋ルートでの恭介が、自分の罪が実際にはなかったと知った時、自分の中にある核がなくなって空っぽになってしまった感覚を覚えました。忌まわしき過去であれど、自分という人格を構成するための血肉であることを理解しました。このことからも、マージを使わずに過去を受け入れることの重要性が示されており、千尋の主張の裏付けになっています。

 

f:id:Innocent_Black:20211229011415p:plainしかし、千尋がクライマックスの真世界で智久を救済しているのは、「楽しいことも辛いこともありのままを受け入れる」という信念と齟齬が生じているような気がしますが。だからこそトゥルーエンドではアレに勘当されて、絵麻が最後に選び取った、もしくは受け入れた真世界にとどまって大団円となったわけなのですが。

この全員生存のトゥルーエンドは、本作では「人との繋がりこそが至上である」ことを主張したかったと解釈しました。

 

f:id:Innocent_Black:20211229034133p:plain作中で何度か言及されている通り、恭介にとって一番良かった時代は性愛を抜きにした少年時代、つまり友人たちと純粋に繋がっていた夏休みにありました。本作に限らず、時間軸がループ・移動する話には、理想の未来を強く希求するという側面があります。ループものに限らず、どの作品でもそういった傾向にあると思いますが、本作でわざわざ時間を主題の1つとして扱ったのは、そういったキャラクターたちの想いをより感じられるためにでしょう。実際、プレイヤーが体験したのは絵麻の想いそのものの世界でしたから。

その帰結としてあのようなエンディングになったと考えるのであれば、自然であるような気がします。「思い出はしまっておく方が綺麗に見える」と何度か触れられていましたが、そうした思い出を過去ではなく、現在として再現することで丸く収まった結末だだと思います。絵麻を中心に世界が構築されている以上、多少無理矢理でも辻褄は合うかな。

 

f:id:Innocent_Black:20211229023758p:plainそうした温かい繋がりから最も遠い存在が三木村でした。恭介とヒロインが何故過去を受けれられるようになったかというと、それは自分を支えてくれる存在がいるからでしょう。双葉の場合は偽りの過去、自分が一葉ではないと認めるためには恭介の存在が必要でしたし、桐李は妹の死を受け入れて、人に寄りかかってはいけないという考えを改めたのも恭介がそばにいてくれていたからです。

三木村は作中で報われることなくその役目を終えましたが、本来彼を支えてくれるはず存在は母親の雪絵です。しかし彼女は典型的な仕事人間であり、家庭を顧みることはありませんでした。桐李もそんな母親に対し寂しさを覚えていましたが、妹の夏美がいたし、彼女が事故死した後も引っ越し先で恭介たちと出会えたのが幸運だったのでしょう。

 

f:id:Innocent_Black:20211229020849p:plainマージを使用しているキャラクターたちは、現在をよりよいものにしたいという想いがあって遡行を繰り返しますが、三木村は当てつけと屈折した愛情を夢の中で表現するばかりで、現在を良くしようとする気概はさらさらありません。「僕はこんなだから仕方ない」というセリフの通り、全てを諦めていますが、恭介も何度か同じようなセリフを言っているので、三木村に寄り添ってくれるような存在が母親以外にいたのなら、あるいは彼女が仕事より息子を優先していたのなら、ここまでこじれるようなことはなく、ハッピーエンドを迎えられたのかもしれません。

母親の生きがいを奪わない、いい息子であろうとしたがために素直に気持ちを伝えられなかったのは、まさに彼の理性の証明であり、悲劇でもあります。

このことも、前述の「人との繋がり」を重視したトゥルーエンドの裏付けになります。

 

f:id:Innocent_Black:20211229005156p:plainマージ(未来視)が理想と願いの暗喩だとすると、それらと対立し消滅させる虫食いとは現実と理性の象徴であると思います。

虫食いを発生させているのはアレと千尋ですが、千尋は前述のとおり「今を精一杯生きること」のテーマを体現しています。本来、私たちが生きる現実の世界というのは1つだけであり、マージのような薬を使って過去を変えることは決して叶いませんし、ましてや未来視で世界を選ぶこともできません。そうした世界を許容しない虫食いはテーマをより強調させて、キャラクターたち、ひいては我々プレイヤーに疑問を投げかけます。

「お前は今をどう生きるつもりなのか」、と。

 

f:id:Innocent_Black:20211229060605p:plainしかしながら、一葉・桐李ルートは、「自らが背負っている罪から逃げずにそれを受け入れて生きていく覚悟を決めるが、虫食いによって世界が消滅する」という結末でした。

桐李ルートでは二人の別れを美化したような描き方をしていたのでまだ救いは有りましたが、一葉ルートの描写の仕方は絶望しかありませんでしたね。ようやく過去を受け入れて前進することを決めたのに、消える運命にあった世界であったがためにそれを否定するような結末になったのは、まさに皮肉としか言いようがありません。

 

f:id:Innocent_Black:20211229054338p:plain智加子ルートはなおさら酷かったですね。

「今を精一杯生きること」の重要性が全編を通して語られていますが、このルートに関してはそうしたテーマに対するアンチテーゼを感じました。

弟である智久の死を、智加子は恭介との繋がりによって払拭しましたが、その直後に恭介は死にます。これは彼女を長年苛んでいた、「私に花を贈るために弟が死んだ」という意識を蘇らせるには十分です。そして彼女は恭介の死を受け止めきれずに、マージを使用して覚めることのない眠りにつきました。

 

f:id:Innocent_Black:20211229061745p:plain果たして、一体誰が彼女の行為が間違っていると指摘できるでしょうか?

この作品は「今を精一杯生きること」をテーマに掲げているのは確かだと思いますが、そうした生き方が出来ない人間に対しても寛容な態度を見せています。現状に満足して生きていければ、それに越したことはないかもしれません。しかし、人間の心に根を張った後悔はそう簡単に解消されるものではないのでしょう。そのため、智加子ルートに共感できる方もいると思います。というか、もしかしたらそっちの方が多いかもしませんね。

 

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イケメンならマザコンでも絵になるな

以上で『何処へ行くの、あの日』の考察を終了しようと思います。

本編の時系列と世界線も複雑に交錯していたので、考察好きにはもってこいの作品だったと思います。スクショ枚数も4500枚を超えて、とにかくまとめるのが大変でした。ところどころ、『あした出逢った少女』に似てるなと思いましたが、まぁライターが一緒なのでね。またこういった力の入った作品をプレイしたいものです。

 

おつかれさまです。バイバイです。(智加子風に

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